チャペルアワー講話――Mastery for Service のある解釈

関西学院のモットーは、いうまでもなく、Mastery for Service です。「奉仕のための熟練」などと訳されていますが、意味はわかりますか?
正直にいえば、私にもはっきりした意味は分からないのですが、私なりの解釈はあります。

平安時代にできた「実語教(じつごきょう)」という本のなかに、次のような言葉があります。
『山高(やまたか)きが故(ゆえ)に貴(たっと)からず。樹有(きあ)あるを以(も)って貴しとす』
私は、Mastery for Service をきくと、この言葉を思い出すのです。
実語教(じつごきょう)のこの言葉は、「山は、高いから貴いのではなくて、そこに樹があるから貴いのだ」といっています。
なぜ樹があると貴いのでしょう?
樹を切って材木にして、家を建てたり、箸(はし)を作ったり、社会のために役立てることができるからです。動物や虫などあらゆる生き物にとっても、草木はなくてはならないものです。
「世の中の役に立つ」ということがとても重要で、そのときに初めて山の存在価値が生まれるのです。
これは別のいい方もできます。
たとえば、勉強ができる人はそれだけで立派なのでしょうか?
有名大学に優秀な成績で入学したことがそれだけで誇れることでしょうか。もしもその優秀な頭を悪事のために使うとすれば、とても立派とはいえません。
マスコミでは高級官僚が批判を受けています、彼らは勉強のよくできる頭のいいエリートなのですが、どうして世の中の人から尊敬を受けられないのでしょうか。
やはり、頭がいいから貴いわけではなくて、それを世の中のために役立つように使う努力をしなければいけないのです。
それに不思議なのですが、自分の得になることだけを考えて勉強しても、あまりやる気は湧(わ)いてきませんが、世の中の役に立つ仕事をしたいという目標を立てると、勉強する意欲が急に湧いてくるものです。
人間は誰でも、「世の中の役に立ちたい」という気持ちを心のどこかに秘めているのかも知れませんね。
頭のいい人を見たり、運動神経がすごくいい人を見たら、「あの人はすごいなぁ」と、うらやましく思うかもしれません。しかし、一番大事なのは、自分の一生のうちで、社会のためにどれだけ役立てるか、どれだけ人が喜んでくれたか、なのです。

童話作家の宮沢賢治の書いた『虔十(けんじゅう)公園林(こうえんりん)』という話があります。
主人公の虔十は、ちょっと頭が鈍(にぶ)くて、まわりの人から馬鹿にされていました。
その虔十が家の裏の野原に杉の木を植えたいといいだしたのです。
お父さんは「虔十がそんな頼みごとをするのは珍しい」といって、杉苗(すぎなえ)を買って植えさせてやりました。
ところが、土が悪くて杉はなかなか育ちません。
それでも、虔十は、杉の育て方を勉強をして、下枝をきれいに伐採(ばっさい)しました。
すると、だんだん杉が育ちはじめたのです。
子どもたちがやってきて、その木の間を行進して、楽しそうに遊び出しました。
虔十はそれを見て大喜びしました。
やがて、その林で遊んでいた子どもの一人が大人になって故郷に帰ってきました。
あたりの風景は昔とすっかり変わっていましたが、ただ一つ、虔十の杉林だけは昔のままでした。
虔十はすでに病気で死んでいましたが、家の人が「虔十のただ一つのかたみだから」といって、その土地を手放さなかったのです。
その人は話を聞いて感激して、「ここを虔十公園林と名づけて保存してはどうでしょうか」と提案しました。
すると、昔そこで遊んだ、今は立派な仕事についている人たちから、たくさんのお金が集まりました。
そして、虔十の杉林は、虔十公園林という公園になって、みんなの憩(いこ)いの場として残ることになりました。

頭の善し悪しでいえば、虔十は決して頭がいいわけではありません。でも、目標を立てて、一所懸命に勉強して、木の世話をしたからこそ、大きな仕事をなしとげることができたのです。
どんなに頭がよかろうが、スポーツが上手だろうが、お金持ちだろうが、人の役に立たなければ貴い存在とはいえない。
人の生き方として大事なことは、どれだけ世の中の役にたったか、人が喜んでくれたかです。
どんな些細(ささい)なことでもいい、世のため人のためになることをして生きてください。

ときどき、皆さんの親御さんは、「勉強しなさい、それがあなたのためですよ。自分のためですよ。」というかも知れません。親心からすれば、当然のことばです。
しかし、自分のためならば、自分でいらないと判断すれば勉強をやめていいのでしょうか?
そうではないですね。大学の勉強はいつか世の中で役立つためにするのです。奉仕のために熟達するのです。

私は、Mastery for Service の意味をそのように理解しています。もちろん、これは私の解釈にすぎませんから、他の解釈があるかも知れません。それでいいのです。皆さんはぜひ、自分なりに、Mastery for Service の意味を考えながら、充実した学生生活を過ごして頂きたいと思います。