わかった気にさせるのが一番こわい

大学で教鞭をとるようになって20年以上になる。この間、私の講義のやり方は大きく変化したように思う。

最初の頃は、難しい事柄をいかにやさしく教えるかが大切だと思い、いろいろ説明の仕方を工夫した。図を使ってみたり、暗記用にプリントを配布したり、学生の興味をひくようなエピソードを加えてみたり・・。学生は大変わかりやすい講義だと喜んでくれて、授業アンケート評価も高水準であった。

だが、10年目を超えるくらいから、逆に、わざと説明をわかりにくくし、かつ、ノートをとりにくい講義をするようになった。というのは、わかりやすい講義がどれだけ学生の身になっているのかを疑問に感じるようになったからだ。理解しているはずなのに、試験の結果が良くないのである。わかりやすい講義をしているというのは教師の自己満足で、学生は単に楽をしているだけだったのだ。

そういえば、あるTV番組で興味深い実験をしていたので、ここで紹介しよう。その番組の内容は、最近の中国の脅威について、領土問題、経済問題、軍事問題という3つの分野に分け、それぞれの専門家がある芸人にレクチャーをして、それに基づいて、その芸人が外国人タレント達の前で授業をするというものである。この芸人は中国問題については素人で、その授業の内容は専門家のレクチャーのほぼ受け売りなのである。

教育経験がある人はわかるだろうが、他人に説明するという行為は、自分がその事項をどれだけ理解しているかを知る最も良い方法である。

最初の領土問題については、ある専門家が芸人にレクチャーしたのだが、話が前後したりして、あまり上手なレクチャーとはいえず、芸人も教室に入る前は自信なさそうに首をひねっていたが、結果はまずまずの出来であった。つぎの経済問題の専門家は、話し方が上手で、わかりやすい説明で、芸人も自信を持って教室に入ったのだが、生徒役の外国人タレントから質問を受けるとしどろもどろになり、途中で授業をギブアップする結果に終わった。

この事例からもわかるように、わかりやすい説明は、教えられた者はその場ではわかったような気になるが、実はあまり理解できていないことが多い。むしろ、説明は上手とはいえない最初の専門家のほうが、芸人は自分で考えることを余儀なくされるため、理解が深まるといえる。この領土問題の専門家は、説明をクイズ形式にして芸人に考えさせる工夫もしていたので、よりよい成果が出たのであろう。

以上のようなことに気づいて以来、私は大学では板書をやめ、あえて学生がノートを取りづらい形式で講義をするようにしている。決して手抜きではない。長年の経験から、結局、学生が自ら頭を働かせてノートを作らない限り、本当の知識は身につかないことを悟ったからである。私の講義では、学生は、多くの情報を必死に聞き、考えさせられ、試験前にはノート作りのために大変な労力を強いられることになる。

この結果、私の講義の受講者数は減少し、学生からは「不親切な教師」の烙印をおされ、アンケート評価が著しく下がったことは言うまでもない。しかし、いい格好をするつもりはないが、人気投票にも等しいアンケート結果よりも、やる気のある学生のなかに役立つ知識をどれだけ残すか、のほうが私にとっては重要なのである。

(2014年2月16日初出)