大学の職業訓練校化に反対する
大学教育がいまだにアカデミック偏重であることについて、一部には、昔と異なり大学進学率が50%を超える現在では、大学教育の内容も変わっていくべきだという主張があります。私はこのような主張には基本的に反対です。
たしかに大学教育が職業訓練に直接役立っていないのは事実でしょう。私は大学で会社法を教えていますが、学生にとって法律知識がどれだけ役に立つのかを疑問に思うことがあります。法学部のすべての学生が法曹になるわけではありません。また、卒業後、企業で法務に携わったり、自分で起業する人もいるだろうが、一部にすぎないでしょう。ほとんどの学生は会社法とは無縁の人生を送ると思われます。
もし職業訓練に直結させようとすれば講義内容を分割するのがよいでしょう。弁護士を目指す人にむけては司法試験予備校が行っているように論点中心で覚えるべきことのみを効率的に教えるべきです。企業で法務担当を目指す人にむけては契約書の作成や株主総会の対策実務を、また、起業を目指す人に対しては、設立、資金調達、内部統制など、組織に関わるルールを重点的に教えることになるでしょう。もちろん、そういう講義があってよいと思います。司法試験予備校以外に、企業法務や起業を目指す人向けの教育を提供するスクールが不足しているのは問題だと思います。
ただ、私は頭が古いのかもしれませんが、進学率が50%を超える現在にあっても、大学における教育は職業訓練であってはならないと思います。大学教育すべてに言えることであるが、大学で身につけるべきは、問題を発見し、問題を相対化し、必要な調査を行い、論理的に考え、批判に耐えうる答えを見出していく力だといえます。未経験の問題に直面して、広い視野と専門知識を使って解決策を見出す力だと思うのです。
このような力は、職業訓練を前提とした教育では達成することはむつかしいです。
具体的にいえば、会社法の講義では、株式会社がどのような経済機能を果たしているのか、効率的なコーポレート・ガバナンスを達成するためにどのような法律制度が有効であるのか、コーポレートファイナンスは財務戦略にどのように生かされるべきか、といったテーマについて、最新の学問成果に基づいて具体的な法律制度を解説することにより、投資に関する人間の知的格闘を学生に伝える内容。これは、学生が法曹になるとしても、企業で法務担当するとしても、起業して経営者になるとしても、あるいはそれ以外のどのような道に進むとしても、決して無駄な知識ではないと思います。
アメリカの法廷映画「シビル・アクション」のなかで、ジョン・トラボルタ演じる弁護士が、老獪なベテラン弁護士に公害訴訟で破れ、貧乏のどん底で仲間をも失って、絶望の中、事務所で荒れ狂った後で、ガラスの砕けたコーネル大学の卒業証書を壁にかけなおすシーンがあります。それは、現実に打ちのめされたときに、大学で学んだことが失われていないことを象徴的に示す場面でした。
大学教育とはかくあるべきではないでしょうか。社会に出たら厳しい現実が学生たちに襲いかかります。大学で学んだことは机上の空論に思えてくるでしょう。学問は学生の人生のなかで具体的な勝利の方程式を示すことはできません。しかし、戦い続ける学生たちに、永遠に高い理想を示すものでなければならないのだと思います。
私は、戦いに疲れた学生たちが大学に戻ってきたとき、あいかわらず世間離れした大学のなかで、静かに法の理想を説きつづける教師でありたいと願っています。
(2010年12月28日 初出)