Toyota 公聴会をみて

トヨタ公聴会での社長の発言には日米両国ともに注目する人が多かったようです。日本を代表するグローバル企業がアメリカ議会と対峙するのですから当然といえるでしょう。公聴会における豊田社長の発言は、日本的観点からするとかなり好感をもてる内容だったと思います。「すべての車に私の名前が入っている。」という言葉は創業者一族社長としてのプライドを責任を感じさせ、日本人の情に訴えるものがありました。しかし、一方で、これがどこまでアメリカ国民に理解されたのかというと、かなり疑問があります。

現時点でトヨタの品質管理のどこに問題があったのか明確ではありません。そのため日本では「自動車のリコールは良くあること。アメリカの自動車が売れていないので、ここぞとばかりにトヨタを叩いているんだろう。」という見方も強いようです。確かに政治的一面がないとは言い切れないのですが、私はアメリカがこれほど怒る真の原因は少し別のところにあるのではないかと感じています。

というのも、昨年の9月カリフォルニアでレクサスに関係する事故がありました。アクセルが戻らず、ブレーキも利かないまま、190キロの猛スピードで交差点に突入し、他車と衝突して炎上、子どもを含む家族4名が亡くなったというものです。同乗者が911と携帯で衝突直前まで会話していたテープが、アメリカのTVやインターネット上で何度も流されています。私も聞きましたが、交差点突入の直前に「もうだめだ。祈って!」という父親らしき人の悲痛な叫びが強く印象に残りました。トヨタは、同事故の原因が車の欠陥によるものという見方を否定していますが、この生々しいテープはアメリカ国民のトヨタに対するネガティブな心情を生じさせる効果が相当にあります。

また公聴会では、ユーザーからの急加速に関する苦情を社長がいつ知ったのか、対応が遅れたのはなぜかが、厳しく追及されていましたが、これに対する社長の回答は「昨年7月に就任したばかりで、内容を良く把握していなかった」というものでした。どうやら、アメリカが最も問題にしている点は、より早い時点で社長がより適切な対応をとっていれば多くの悲惨な事故は防げたのではないか、とういう点のようです。要するに、会社の社長はリスク情報を適切に把握し、その権限を行使して、必要な対応をとる法的義務があるという前提で言っているのです。

そうだとすれば、しばらく低姿勢に徹していれば嵐が過ぎ去るという性質の事態ではありません。日米の役員の経営責任に関する考え方や、企業文化の違いが根本的な摩擦の原因です。

すでにアメリカでは多くのトヨタ車ユーザーが製造物責任のクラス・アクション(集団訴訟)の準備をしていると報道されています。SEC(米国証券取引監視委員会)もトヨタに対する召喚状を申請したと報道されていますが、企業法の観点からは、投資者に対してトヨタがどのような情報開示をしていたのかが、今後問題にされる可能性があります。情報隠しがあったという理由でSECによる訴訟や投資家によるクラスアクションが提起される事態になると、たとえそれが和解で終わった場合でも、トヨタおよび同社役員の支出は莫大なものになります。さらに、アメリカはユーザー保護のため現在の日本にはないクラス・アクション制度の導入を迫ってくる可能性もあるでしょう。

トヨタのリコール問題は、一企業の問題にとどまらず大きな外交問題に発展する危険を秘めていると考えます。

(2010年2月25日 初出)