シカゴ・カブスの売却

シカゴ・カブスという大リーグ球団をご存知でしょうか。最近は福留という日本人選手が在籍していますので、ご存知の方も多いと思います。そのカブス球団が、チャプター・イレブン(日本の会社更生手続にあたる)を申請したというニュースが流れました。

申請代理人弁護士によると、これはオーナー(シカゴ・トリビューン新聞社)による球団売却計画の一部であり、球団は8億4500万ドルという史上最高額で、大金持ちのジョー・リケット氏に譲渡されることがすでに決まっているそうです。数年前から球団の売却は決定していたのですが、米国内の金融市場悪化により、売却の時機をまっていたのだといいます。今回の申請は球団債権者との間で調整を行うためで、球団は従来どおりプレーを続けるということです。

じつは、このシカゴ・カブス球団は、シュレンスキー対リグリー事件(1968)という著名な判例で、アメリカ会社法の教科書にも登場します。

カブス球団のオーナー社長であったリグリー氏は「野球は昼間のスポーツだ」という固い信念の持ち主で、ナイターが普及した当時でも、自らの名をつけたリグリー球場には照明設備をおこうとしませんでした。そのため、球団がナイター興行による収入を得られないのは、社長の理不尽な信念のせいだということで、少数株主が代表訴訟をおこしたものです。社長側は、ナイター設備は球場周辺の環境を悪化させて、お得意さんである周辺住民の反発をまねくから、得策ではないと反論しました。裁判所は、リグリー社長の考え方はひとつの経営判断であるとして、少数株主の訴えを退けました。いわゆる「経営判断原則」を適用した判例だとされています。

その後、球団はリグリ一族から現在のオーナーに譲渡され、カブスが1988年に地区優勝したとき、リーグ優勝決定戦を本拠地で行うために、ようやく球場に照明設備がつけられました。

アメリカの会社は株主利益が第一で短期的利益の最大化を目指した経営ばかりしていると、よく批判がされますが、なかにはリグリー社長のように、球場の周辺住民への環境配慮を考えていた頑固オーナー社長もいたことは興味深いです。野球チームのほうは、社長の努力にもかかわらず、当時の成績はあまりよくなかったようですが・・

今回の球団経営破たんにより、伝統あるシカゴ・カブスの名前は変わり、また、その本拠地もリグリー球場から別の近代的設備を備えた球場に移されてしまうかも知れません。

ひとつの伝統ある企業の売却の背景には、さまざまなドラマが隠されています。

(2010年2月23日初出)