わたしには故郷がある
四国・高知県の中心にある高知市は、この数十年、大きく変化することもなく、あいかわらず経済活動の低調な街である。シャッターが降りたままの商店街。真っ黒に日焼けした老人を見かけることが多い。人々は、仕事が少ないことを嘆くが、その表情はなぜか明るい。
私は18歳まで、この高知市で暮らしていた。いまでは年に数回、年老いた母の顔を見るために帰省するばかりである。
昨年の「龍馬伝」で一躍人気の出た坂本龍馬の故郷として高知は有名である。しかし、私からすると、故郷の観光客が増えることはありがたいことだが、龍馬は土佐を捨てて活躍したわけだし、龍馬ブームは定期的に訪れるので、坂本龍馬に強い思い入れがあるわけではない。どちらかというと、龍馬の師匠である勝海舟のほうが好きである。
高校時代の友人たちは、若い頃、都会にあこがれて大阪や東京に働きに出た。そして、その多くは時を経て高知に戻っている。夢をあきらめたのか、都会の孤独と喧噪にあきたのか、彼らは語ろうとはしない。ただ、それぞれ故郷に居場所と伴侶をみつけて、幸福に暮らしている。
高知に戻ると、必ず鰹のタタキと地酒の宴会である。市内の料理屋にいけば、どこでも皿鉢(「サラハチ」ではなく、「サーチ」と発音する)に豪快に盛って出てくる。数年前までは、たれにつけてニンニク(おろしたものではなく、スライスしたもの)と一緒に頂くのが一般的だったが、最近では輸送技術の発達により「塩タタキ」という調理法が出現している。そして、これが、とびきり旨いのである。
有名なはりまや橋は高知市の中心部にある。かつては「日本三大がっかり名所」とさえ誹られた場所であるが、公園として整備し、かわいいミニチュアのはりまや橋が備えられ(観光客はこれが本物だと思うかも知れないが、本物のはりまや橋は路面電車が走っている大通りである)、現在はそれなりに観光地としての面目を保っているようだ。
毎年お盆の時期が近づくと、故郷の友人から携帯に連絡が入る。
「いつ、もんて来るぜよ?」
浅黒く健康に日焼けした顔が目に浮かぶ。懐かしい思い出とともに、太平洋によせる潮騒の音が耳に聞こえる。
私にはすばらしい故郷がある。この幸せに、謝謝。
(2011年7月10日作成)